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2011/06/03

<随筆>◇キムチはつらい?◇ 産経新聞 黒田勝弘 ソウル支局長

 昨年の年末のキムチ漬けのころ、白菜が品薄になって大騒ぎした。これはその年の白菜の作況しだいでしばしばあることだ。昨年は白菜一個が一万ウォンもするといって、マスコミは早速「これじゃキムチではなくクム(金)チだ!」と冷やかしていた。この「クムチ」もよく登場するシャレだから、今やさして面白くもない。

 その白菜が今度は暴落で話題だ。生産過剰が原因で、今スーパーでは昨年の十分の一の値段になっている。産地では出荷するだけ損だといって、トラクターで粉砕するなど廃棄処分している。実にもったいない光景だ。いつものことながら何とかならないものか。

 白菜が品薄になると緊急対策といって、中国から輸入するが、何といっても白菜の世界最大産地は中国である。そこで韓国はキムチも中国から大量に輸入している。韓国の企業が中国で生産させているケースが多いが、おかげで韓国は今やキムチの輸入国だ。日本には輸出しているが、国内消費のため中国から相当輸入しているためキムチ貿易は赤字だ。

 ところがその中国から、今度は「キムチの元祖は中国」「キムチは中国漬物のまね」と、ルーツ攻勢(?)をかけられ韓国があわてている。

 ビジネスに熱心な中国では近年、地方も町おこしにがんばっている。そこで四川省成都では地元名物の発酵系の野菜漬け「泡菜(パオチャイ)」が韓国キムチのルーツだとして、大々的に売り出しているというのだ。

 韓国マスコミによると、早速、「世界キムチ研究所」(などというのがソウルにはあるのだそうだが…)あたりが「キムチのように十分に発酵させない泡菜こそ偽モノ」と反論。対中キムチ守れ・キャンペーンが始まっている。先年、「KIMCHIかKIMUCHIか?」の対日キムチ戦争(?)に勝利した余勢をかって、中国キムチ打倒!に燃えている。

 そういえば最近、「キムチに使う唐辛子は昔から韓国にあった」との古文献発見が韓国でニュースになった。唐辛子は十六世紀の秀吉軍の朝鮮出兵の際、日本からもたらされたという定説に自尊心が傷つけられていた韓国人には、この上ない朗報だ。ただこの話題、その後、広がりがみられないようだ。古文献の読み方に問題があったか?ぬか喜びとすると罪深い。たかがキムチ、されどキムチ。

 しかし韓国における”キムチ民族主義”はいささかいき過ぎの感がしないでもない。日本のKIMUCHIも中国の泡菜も、キムチの市場が世界に広がりつつあるため、日本式キムチや中国式キムチとして市場に登場しているのだ。

 食べ物文化にフュージョン、バリエーションは付き物。キムチにとってはうれしい話であっても、怒ったり非難する話ではない。マスコミでの「対日、対中キムチ戦争」論など真面目過ぎて、ちと重すぎる。


  くろだ・かつひろ 1941年大阪生まれ。京都大学経済学部卒。共同通信記者を経て、現在、産経新聞ソウル支局長。