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2012/02/03

<随筆>◇うどんブーム◇ 産経新聞 黒田勝弘 ソウル支局長

 光化門あたりのぼくのランチ・ロードに「サッポロうどん」という看板の店がある。もう三十年になるのではないか。最初、この看板を見た時、苦笑いした。日本には「サッポロ・ラーメン」はあっても「サッポロうどん」はなかったからだ。日本で爆発的人気だったミソを使った「サッポロ・ラーメン」からヒントを得たのかな?と思ったりした。屋号のネーミングとしてはヒットだ。当時は「日本」への拒否感がまだ強かったから、拍手喝采だ。ソウルのど真ん中でこの名で三十年もがんばっているのだから、札幌市は表彰してあげてもいいのではないか。

 ところがこの店のすぐ裏に最近、「東京うどん」という店が登場した。「サッポロうどん」が流行っているからに違いない。韓国では流行る店があるとすぐ近くに臆面なく同じ店を出す。どうやら韓国では最近、うどんブームのようだ。

 韓国では小麦粉を使った麺はもともと「ククス」という。「うどん」は日本語と同じ発音で、しかも昔から日本と同じしょうゆ味になっているから、日本からもたらされたものだろう。本来は「饂飩」という漢字があるから、中国起源だ。ただこれまたラーメンと同じく日本で再創造され、国際化(?)した。

 コシがあって歯ざわりのいい、いわば純日本風(?)のうどんを韓国にもたらしたのは「木曾屋」という店で、これも三十年ほど前だ。たしか経営は在日韓国人ではなかったか。うどん屋としては高級だったが、爆発的人気であちこちに支店ができた。

 その後、コシのあるうどんということで「讃岐うどん」が入ってきた。「うどんはサヌキ」という日本での名声に乗っかって、あちこちに「サヌキ」を看板にしたうどん屋ができている。中にはコシの弱いいい加減なサヌキも多いが。

 ぼくのランチ・ロードでも最近、「讃岐うどん」の看板を見つけた。光化門の教保ビル裏の雑居ビルだが、小さなファーストフード風の店で、しかもお盆を持って並ぶセルフ式だから日本うどん屋の情緒はない。

 ただ味はまずまずで、昼飯を食いっぱぐれた時など、一人あわただしく食べるのにいい。讃岐うどんはもともと「かけうどん」で始まった素朴なものだし。

 しかしこの店、ソウル中心部で「讃岐うどん」の看板を出しているのに店内に日本情緒が弱い。惜しい。四国・讃岐の歴史や風景を描いた写真のパネルなどはあるのだが。

 パネルには讃岐うどんの由来が書いてある。それによると起源は弘法大師(空海)が唐からもたらしたとか。空海伝説の一つかもしれないが、中国起源を明記している。「何でも韓国起源」といいたがる“ウリジナル主義”の韓国とは違う日本をうかがわせて好ましい。ただパネルで漢字の「製麺所」が「製綿所」になっていたのはイタダケません。


  くろだ・かつひろ 1941年大阪生まれ。京都大学経済学部卒。共同通信記者を経て、現在、産経新聞ソウル支局長。