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2012/07/06

<随筆>◇群山がおもしろい◇ 産経新聞 黒田勝弘 ソウル支局長

 以前、東亜日報の会長など全羅北道系の有力者と会食する席があり、その時に出た話が面白かった。酒も入って皆さん上機嫌だったのだが「全羅道が慶尚道や忠清道などと共に南北に分かれたのは最近のことで、昔は一つだった」という話から始まり「昔は全羅北道の全州が中心都市だったから、全羅北道は本来は“全羅上道”で全羅南道は“全羅下道”なんだ」というのだ。

 全羅北道の人たちの全羅南道への対抗意識というか、過去の栄光(?)からくる自負心がうかがえて興味深かった。たしかに政治的なことや気質などを含め全羅道は南北で微妙な違いがある。

 しかし対外的には100万都市になっている光州の存在もあって全羅南道の方が何かと目につく。政治家は何かというと光州に出かけるし、開催中の「麗水EXPO」だって全羅南道だ。ニュースになるのは全羅南道が圧倒的に多い。そこで今回は全羅北道の話を書く。先日、全羅北道・群山市に行ってきた。市の招きで日本人10人ほどの視察ツアーだった。群山市は人口約28万。ウリは二つあって、一つは世界最大規模の「セマングム(新万金)干拓地」でもう一つは日本がらみの近代文化遺産保存。歴史的には日本統治時代にできた港街だから、日本とのつながりが深い。新旧の見どころがあるので観光としても結構いける。

 「セマングム」は19年もの大工事の末、2010年に完成した。全長33・9㌔という世界最長の防潮堤に仕切られた広大な干拓地の利用はこれからで、農地だけではなく、工業・学術・観光・生態系保護などを含む複合都市を造るという。

 その壮大な青写真を見て欲しいというのがツアーの狙いだったが、構想通りになるかどうかは読めない。しかし、とりあえずあの高速道路並みの長大な直線防潮堤頂を突っ走ってみると韓国の”元気ぶり“が分かる。

 近代文化遺産の方は、市内に残る日本時代の建物の保存が進んでおり、観光ポイントになっている。ただ、その建物が分散し「旧日本人街」になっていないのが惜しい。釜山では以前、観光資源として「日本通り」復元が計画されたことがあるが…。

 “日本遺産”では市内にある韓国最古のパン屋「イソンダン(李姓堂、つまり李さんの店?)」が面白い。構えは今風の大型パン屋になっているが、中にアンコがぎっしり詰まった「あんパン」が懐かしい。

 ところでぼくには独自選定の「韓国サクラ八景」があるが、実はその二つが群山なのだ。一つは全州と群山をつなぐ全長三十㌔を超す「繁栄道路」に植えられた街路樹のサクラ。こんな壮大なサクラ並木は韓国にしかない。もう一つは群山港を見下ろす市内の“港が見える公園”の月明山のサクラ。だから群山は春がいいのですが…。


  くろだ・かつひろ 1941年大阪生まれ。京都大学経済学部卒。共同通信記者を経て、現在、産経新聞ソウル支局長。