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2023/06/16

<トピックス>切手に見るソウルと韓国 第150回  南海大橋  郵便学者 内藤 陽介 氏

  • 切手に見るソウルと韓国 第150回  南海大橋  郵便学者 内藤 陽介 氏

    ないとう・ようすけ 1967年、東京都生まれ。東京大学文学部卒業。日本文芸家協会会員、フジインターナショナルミント株式会社・顧問。切手等の郵便資料から国家や地域のあり方を読み解く「郵便学」を研究。

  • 切手に見るソウルと韓国 第150回  南海大橋  郵便学者 内藤 陽介 氏

    「南海大橋」の観光宣伝切手(75年発行)

 韓国で最も美しい橋の一つとして知られる南海大橋が、1973年6月22日に開通してから、ちょうど半世紀になる。

 南海大橋は、韓国で5番目に大きな島、南海島と本土を結ぶ橋で全長660㍍、高さ80㍍で、開通当時は東洋最大の懸垂橋(つり橋)だった。

 南海大橋が開通するまで、本土と南海島の間を往来するには、水深が浅く、潮の干満差が激しいため、座礁する船も多い〝海の難所〟、露梁海峡を渡し船で渡るしかなかった。また、この渡し船には、高麗時代から朝鮮時代に至るまで、流刑地へ向かう罪人が多く乗せられたため、人々の恨が宿る場所だったともいう。

 海峡を渡った南海島は面積300.32平方㌔。島の大半は望雲山(786㍍)、錦山(681㍍)などの山に覆われており、1598年12月16日の露梁海戦で、日本の島津軍と戦って戦死した李舜臣将軍の遺体が仮安置された場所には忠烈祠が建てられている。

 青い海と空、山の緑の中にそびえたつ赤い大橋の姿は絶景とされ、開通後間もない1975年8月20日に発行された観光宣伝の切手にもさっそく取り上げられている。

 この南海大橋の美しさを効果的に使ったのが、韓国映画の巨匠、李晩煕の遺作として1975年に公開された『森浦(サンポ)への道』である。


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