ここから本文です

2005/11/04

<韓国文化>韓国観客の大きな共感呼ぶ

  • bunka_051104.jpg

    演劇「銃口」の一場面 Photograph : Teruhito Kurahara

 三浦綾子の最後の長編小説「銃口」を舞台化した青年劇場『銃口-教師・北森竜太の青春』が、韓日友情年記念事業の一つとして韓国各地で上演中だ。北海道を舞台に、戦前・戦中の言論弾圧の中で苦悩する青年教師を描いた作品で、植民地下で苦しめられた朝鮮人の姿も描かれている。青年劇場代表の福島明夫さんに公演の反響を聞いた。

 10月20日、私たち秋田雨雀・土方与志記念青年劇場の「銃口」のソウル公演の幕が開いた。すでに唐津、公州、水原での公演を終えてきたとはいえ、ソウルの人々がこの舞台をどう受け止めるのだろうか。原作者三浦綾子氏の夫、三浦光世氏、脚本の布勢博一氏をはじめとする日本側の関係者は、舞台よりも客席の反応に神経を張り詰めていたと言える。

 幕が開いてすぐに笑いなどの客席のリアクションの早さに驚いたが、その手ごたえは、一幕の中盤では確かなものに変わった。主人公の北森竜太が子どもの綴り方を読む場面や治安維持法違反で逮捕、拷問される場面では、東京の観客より鋭い反応を感じた。その集中は舞台の進行と共に時折聞かれる啜り泣きに変わり、最後の熱烈な拍手まで続いた。

 そもそも私たちがこの「銃口」を韓国で上演しようと思い立ったのは、日本に留学中の演劇人から、韓国では日本の本格的なリアリズムの作品が上演されていないこと、さらに韓国内でのファンも多い三浦綾子作品であれば観客の広がりも期待できることから、ぜひ韓国公演をと望まれたことによる。

 劇団としては公演の規模も大きいことからちゅうちょもあったが、今年2005年は日韓友情年として文化交流事業が行われること、またそれがちょうど戦後60年であり、やるなら今年しかないだろうと踏み切ったものだ。

 さらに、出来れば大都市だけではなくという思いもあって、地方都市への打診を今回の主催者、韓国芸術団体総連合会のお力を借りて進めたところ、何と42日間14都市での公演を行うことになった(11月20日まで、現在も各地を巡演中である)。

 「銃口」は、副題に「教師・北森竜太の青春」とあるように、長編小説「銃口」をもとに主人公北森竜太の教育にかける情熱と挫折、そして再起に至るまでを中心に劇化したものである。その中で竜太が戦地で救われることになる金俊明という一人の朝鮮人との出会いと別れは、ドラマの中でも大きな比重を占めている。そんなこともこの広がりに力を与えてくれたものと思っていた。

 しかし、この公演に寄せられた反応は、私たちにより多くのことを教えてくれている。「感動した」「良かった」と言うものに加えて、「日本でも弾圧されたり、拷問されたりした人がいたことを初めて知った」「韓国にはまだ国家保安法があることが恥ずかしい」などの声が寄せられた。

 そのことで韓国の人々にとっての治安維持法は、国家保安法であったことに改めて気がつかされたのだ。現在の韓国での急速な民主化の流れは目を見張るものがあるが、戦後60年のその大半が韓国では軍事独裁政権であり、民主運動に対する弾圧は常に繰り返されて来た歴史の中で、現代韓国の人々にとっては、舞台が日本であろうと、教育運動への弾圧や徴兵などにより、強制的にもたらされる恋人たちの別れこそ、大きな共感を呼ぶ土台となったようだ。

 日本が韓国に侵略し、弾圧や強制連行などに加え、創氏改名、日本語の強制などの日本人化を迫った歴史についての認識を共有することは当たり前だが、戦後の両国の歩みについても、もっと学びなおす必要を感じた。

 そして、このような機会と出会いは、実は戦前から今日に至るまで、それぞれの国内で抵抗した人々が存在しつづけたことによって可能になったという何ともいえない感慨にとらわれた。

 国家間でのさまざまな問題が起きると、文化交流の必要性が強調されるが、演劇はその緩衝材として有用なのでなく、相互の関係について新しい視点を与えてくれるものとして重要なのだと噛み締めなおしている。

 この公演で学んだものを、今度は12月の北海道、東京と続く日本国内の公演に生かし、この交流がさらに実り豊かなものに結実するよう努めて行きたい。

 *同劇は12月5日~15日まで北海道各地、同18日~20日まで東京公演が行われる。詳細は℡03・3352・7200(青年劇場)。


  ふくしま・あきお 1953年東京生まれ。東京大学法学部卒。現在(社)日本新劇経営製作者協会理事、青年劇場代表。