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2007/04/27

<韓国文化>戸田志香の♪♪音楽通信

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    韓日中の3大テノール、左から河碩陪(韓国)、許昌(中国)、福井敬(日本)

 京都のロータリークラブが創立5周年を記念して日本・韓国・中国の三人のテノールの演奏会を開く。しかも第一線で活躍する指揮者とオーケストラつきでだ。

 この話を耳にした時、私の頭の中に”町衆”という文字が浮かんだ。「町衆とは中世後期の京都で町組をつくって、自治的生活を営む商工業者を主とした人々。祇園祭りをおこなったほか、能、茶など庶民文化の担い手となった」とある。

 4月7日、京都コンサートホールで催された日本・中国・韓国3大テノール――福井敬、許昌(シュー・チャン)・河碩陪(ハ・ソクベ)夢の競演。主催は京都平安ロータリークラブだ。

 「奉仕がロータリーの最大の精神ですが、私たちのクラブは文化、芸術、青少年への奉仕を独自テーマにしています」と広報委員長の岡本繁夫さんは話し始めた。

 「声の中では何といってもテノールが魅力的でしょう?中国、韓国、日本に同年齢のテノールが台頭してきたという情報が入り、ではこの若手3人と大友直人さん指揮の京都市交響楽団の演奏を5周年行事にと決まりました。これはこどもたちに是非、聞いてもらいたいと思いましてね」

 青少年への奉仕は、座席の3分の1近くを高校生を含むこども招待席とすることで生かされた。5周年行事とはいえ、興行的要素が入ったため式典やあいさつはなく、普通のコンサートとして音楽が始まった。

 まず福井敬が小林秀雄作曲の「落葉松」を、許昌は「草原情歌」、河碩陪は「花雲の中に」を、それぞれ自分の国のことばで歌った。

 中国延吉生まれの許昌はカラヤン奨学生として東京芸大に留学中、ドイツのウルム歌劇場の主役歌手としてキャスティングされ、現在もこの歌劇場の専属歌手だ。髪を後ろにひとつで縛り、人なつっこい笑顔だ。

 こんなことがあった。京都市交響楽団の練習場でのことだ。

 白い杖を持った青年が介添人に伴われ、練習を聞いていた。声をかけた。京都市立芸術大学大学院に留学中の中国人テノールで、オーケストラの音を体感するために来たという。翌日行われるコンサートのことはまったく知らなかった。この青年と話をした許昌は、もっと自分の近くで聞いたらと青年を促し、オーケストラの前に座らせた。

 プログラムはオペラのアリアへ、そしてよく知られている「グラナダ」「カタリ・カタリ」「帰れソレントへ」へと進んだ。

 ヴェルディのオペラ「イル トロヴァトーレ」には、3オクターブ上のドを何回も出すテノール泣かせの、しかもドラマティックテノールという声のテノールしか歌えないアリアがある。それを難なく披露したのが河碩陪だ。

 作曲家が音に託した喜びや怒り、祈りなどのメッセージを声に乗せて、聴衆に伝えたいという河碩陪は「音楽を通して出会った僕たち3人は国は違います。でも音楽という共通の父母を持つ兄弟のようです。音楽があればことばはいりません」と話した。

 いよいよ音楽会の最後、3人が揃って登場した。曲は「フニクリ フニクラ」「オ ソレ ミオ」、そして荒川静香の金メダルで一躍有名になったプッチーニのオペラ「トゥーランドット」より「誰も寝てはならぬ」だ。

 解釈が必要な難しい曲、眠くなるような曲は困る。わかりやすく、誰もが知っている曲をという主催者、京都平安ロータリークラブの意向を組んでのプログラムは、会場をリラックスさせたようだ。

 アンコールには「赤とんぼ」が演奏された。興味津々だった京都のスリーテナーのアンコールが春にふさわしい、あるいは京都にふさわしい一曲だったら最高だったのにと思ったのは私だけだったろうか。

 ロータリークラブの岡本さんはこう締めくくった。「この音楽会が3人のプロフィールになり、アジアのスリーテナーとしてどんどん音楽市場に出ていってもらいたいです」

 日本、韓国、中国、テノール。アジアの声が奏でる文化を、春の宵に示した京都平安ローテリークラブは現代の町衆だ。この現代の町衆は京都でどんな文化を織りなしていくのだろうか。


  とだ ゆきこ 国立音楽大学声楽科卒業。二期会合唱団団員。84年度韓国政府招へい留学生として漢陽音楽大学で韓国歌曲を研究。「町の音楽好きネットワーク」ディレクター。著書に『わたしは歌の旅人 ノレナグネ』(梨の木舎) 。