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2008/04/18

<韓国文化>在日2世建築家・伊丹潤氏の作品世界に脚光

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    伊丹潤氏が設計した斬新なポド(ぶどう)ホテル(韓国済州島)

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    いたみ・じゅん(本名ユ・ドンヨン) 1937年東京生まれ。武蔵工業大学建築学科卒。05年仏芸術文化勲章シュバリエ受章。「「伊丹潤・建築と絵画」(求龍堂)など著書多数。伊丹建築研究所主宰。

 在日韓国人2世の世界的建築家で、画家としても活躍している伊丹潤(本名・庾東龍)氏が脚光を浴びている。現在、韓国をはじめ中国などに20を超えるプロジェクトを抱えており、ベトナム、モンゴルなどからもオファーがある。設計した集合住宅はあっという間に売れる人気で、韓国で「伊丹ブランド」は建築業界ナンバーワンの呼び声が高い。こうした活躍に注目した建築・デザインの有力誌「日経アーキテクチュア」は、昨年最もステップアップした建築家の中から選定する「注目の10人」(3/17特別増刊号)の1人に伊丹氏を選んだ。「ベテランが新たな道を切り開いた」という評価だ。

 「現代グループとの157件ものプロジェクトが決まったとソウル事務所から連絡が入った」

 今月8日のことだ。伊丹氏への仕事の依頼はここ数年急増している。昨年、SKから依頼を受けた「自然との共生」がモチーフの分譲住宅は発売数日で完売。ロッテからコンドミニアムなどのオファーが殺到、大手牛乳メーカーからは3万平方㍍の研究所建設の依頼がある。そして今回の現代との大型契約だ。今年5月には済州道にジャック・ニクラウス氏との共同作品であるゴルフ場がオープンする。ニクラウス氏はコースデザインから施工管理まで受け持ち、伊丹氏は湖水上にクラブハウスをデザインした。会員権募集では一番売れているという。中国からのオファーも多く、本格的に仕事をするため北京事務所も構える予定だ。

 伊丹氏は、引きもきらぬオファーに「アジアを中心に増えている。私は住宅作家でやってきたが、オーナーは売れる建築家と組みたがる。分譲住宅も誰が設計したかとなる。企業の顔から建築家の顔で売る時代に入った」と淡々と語るが、ネットが発達したこの業界で、「伊丹潤」の名前は日本以上に海外で有名だ。05年に済州道のピンクスゴルフ場にオープンした伊丹潤氏設計の「ポド(葡萄)ホテル」は海外で話題になり、日本で慌てて紹介されたこともある。

 「日経アーキテクチュア」は有力建築専門誌。今回の「注目の10人」に伊丹氏を選んだ理由は明快だ。「日本では知る人ぞ知るベテラン建築家だが、海外でブレークしている。相次いで大型プロジェクトを手がけており、最も注目したい人だ。伊丹さんは、流行廃りでなく、きちんとアートを理解している」と担当者は話した。選ばれたことに対して伊丹潤氏は、「嬉しかった。プロ同士の闘いに勝ったという思いだ」と語った。

 伊丹氏は、数々の賞を受賞しており、最近だけをみても01年に韓国建築家協会作品賞、05年にフランスの芸術文化勲章シュバリエ、06年には国連のアジア文化・景観賞と韓国の丹下健三とされる金寿根文化賞を受賞している。

 仏勲章シュバリエは、日本の建築家の中で丹下健三に次いで2人目の受章。駐日大使館で叙勲式が行われた。叙勲理由は、生まれながらに2つの文化を持つ「在日性」を正当に評価するものだった。

 「祖父から受け継がれた(韓国の)芸術性を自分のものとし、そこにご自身が日本文化から影響をお受けになった極めてモダンな芸術の衝動を加味することによって成功された。国立ギメ東洋美術館における伊丹氏の回顧展を通じて、私たちフランス人は、独創性と革新がその特質であるとされる伊丹氏の芸術を捉え、それが伊丹氏の素材の選択、細部にいたる最新、芸術の伝統に対する敬意から生まれたものであることを理解した…」韓日双方の文化を生かして芸術に昇華させた「独創性と革新」を絶賛したのである。

 伊丹氏は03年7―9月の2カ月間、フランス有数のギメ東洋美術館で現存する東洋人として初めて個展を開いた。展覧会場には、絵画作品、陶磁器に灰皿、時計、椅子、家具、ファインアートがあり、模型やドローイングなどが所狭しと展示されていた。床に敷いたスケッチ500枚は透明のアクリル板を歩いて見られる。「ある日、在パリの韓国人大学院生が『韓国にもこんなに素晴らしい建築家がいたんですね』と泣きながら入ってきた。とても感動しましたね」と伊丹氏は振り返った。

 05年から総合設計者として手がけている済州道の「ピンクス・ビオトピア」は、日本の建築界でも話題の的だ。三房山ふもとの広大な敷地で進められているこのビッグプロジェクトは、09年完成予定。ここには教会、コンドミニアム、美術館があり、地下3000㍍まで掘り進め温泉も湧き出た。さながら一つのミニ都市。ここに完成した水・風・石をモチーフにした3つの美術館で、金寿根文化賞を受賞している。

 伊丹氏は、韓国と日本の伝統様式を近代様式に採り入れ、石や木など自然の素材を生かした製作で独自の世界を確立してきた。

 「土、木、鉄などの素材を無の媒体としてとらえ、その無の媒体が芸術作品となる。日本から学んだことは無だ。韓国からは伝統と歴史の中の土、焼き物、民家、石積みを学んだ。これが私のオリジナリティーだ」

 今年70歳。「本当の建築家は60歳代からだ。総合芸術であるからトータルに物事を判断できる年代である。韓国にいい建築家が残らないのはすぐ引退するからで、僕は死ぬまで続けたい」

 6月に伊丹潤氏38年間の「美の全貌」を収録した作品集が主婦の友社から刊行される。