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2010/08/06

<韓国文化>壮大な5世紀の東アジア交流

  • 壮大な5世紀の東アジア交流①

             梁山夫婦塚出土資料(東京国立博物館蔵)

  • 壮大な5世紀の東アジア交流②

        金製細環耳飾(大韓民国慶州出土・国立中央博物館蔵)

  • 壮大な5世紀の東アジア交流③

          高句麗広開土王碑拓本(国立歴史民俗博物館蔵)

 「アジアの境界を越えて」展が、国立歴史民俗博物館(千葉県佐倉市)で開かれている。壮大な5世紀前後の東アジア交流を通して、アジアの歴史にみえる「境界」の姿を紹介する企画だ。

 中国大陸では、3世紀に後漢が滅亡した後、6世紀終わりに隋が成立するまで、西晋の短い統一期間を除いて、長い分裂の時代が続く。4世紀以降は、華南では漢族の王朝が興亡し、華北では北方諸族の王朝が興亡した。それは、分裂から統合・集約へと向かう、新たな中国世界を創出する道のりであった。周辺地域では、東方の高句麗・百済・新羅・加耶そして倭が古代国家の建設を進めてゆく。それぞれ、中国王朝へと使節を送り、交易や戦争、同盟などさまざまな関係をもちつつ、古代国家への道を歩んだのである。5世紀を前後する時期は、新たな東アジアが誕生する前夜だったといえよう。

 王朝の興亡が激しく諸民族が隆盛する争乱の時代は、境界がより鮮明となった時代であり、境界を越える動きが活発な時代であった。高句麗壁画古墳は、境界を越えた漢族の動きがあったことを伝える。日本列島には、朝鮮半島から境界を越えた動きの痕跡が数多くみえる。こうした人の動きに伴って、モノや情報、技術などは境界を越えたのである。それは、境界を越えた向こうの世界に新たな動きを生む要因ともなった。越境した外来の要素を受け入れて変化してゆくことこそ、朝鮮半島や日本列島が古代国家への階段を登る一歩だったのである。

 境界を越える動きに注目するとき、重要なのは「如何なる境界を何が越えたのか」を整理することである。王権の意識や生活様式など、視点によって境界の姿は異なり、境界を越えるものによって移動の実態やその後の変化は異なる。

 新羅や百済などの朝鮮半島では、冠や履、耳飾や帯金具などの装身具が威信財となり、倭では甲冑や鏡などが威信財であった。こうした威信財は、材質や形態あるいは数量によって、権力の格差や序列を表現するものでもあった。威信財の分布は、権力のかたちを共有する世界の広がりを示しており、それを配布した王権が意識する世界の広がりを示すものでもあった。また、宮殿や宗教施設、あるいは墳墓などの権力・王権が造営した建造物も、権力のかたちの一つである。これらは序列の頂点に位置するものであり、その世界の価値観を象徴するものでもあった。権力が指向した「かたち」は、それぞれ世界を特徴づける指標の一つである。

 遺物や遺跡には、信仰や観念など意識がかたちとしてもあらわれる。仏像や寺院の造営は仏教信仰を反映しており、墳墓では副葬品や壁画・装飾に他界観や葬送観念が反映されている。

 そして、遺跡や遺物には生活もかたちとしてあらわれる。日常生活の道具である器の形態や器の組合せは、生活様式を反映したものである。器を通してみえる共通した生活様式の広がりも、世界の実態を示す指標の一つである。

 各世界を構成するそれぞれの「かたち」は、情報・技術あるいは意識といったさまざまな社会要因によって規定されてゆくのであり、それらを複合したものこそが世界の実態である。そして、権力・意識・生活という個々の指標を通してみえる広がりは、必ず一致すると限らない。いくつもの広がりを重ねてみえてくる、濃淡をもつ広がりこそが世界の実態でもある。それこそが、境界を越えた当時の人々が眼にした「向こうの世界」の実態ではないだろうか。

 5世紀の日本列島へは、馬や窯業・金属加工の技術、数々の装身具などの製品が、朝鮮半島から境界を越えてくる。

 日本列島に馬が登場する背景には、馬飼いの技術や知識、それを熟知した人・集団の存在が必要となる。倭王権の中心地に近い河内や東国の上野には牧があり、竃を使った生活様式をもつ渡来系の集団が従事したことが明らかになっている。また、それを統括する首長の墓も、他の首長とは墳墓の形態や副葬品が異なり、より朝鮮半島の色彩の濃いものであった。馬の導入をめぐって、境界を越えた人・集団の動きが、より立体的にみえてくるだろう。

 硬質で灰色をした須恵器は、日本列島で用いてきた軟質で赤色の土師器とは作り方も焼き方も異なる。須恵器の出現は、窰窯で高温還元焼成する新たな技術の導入だけでなく、蓋杯など新たな器種が登場するという生活様式の大きな変化でもあった。また、新たな金属加工技術の普及は、当時のハイテク技術の粋を集めた鉄製甲冑や馬具を生み出す。銀・銅・鉄・ガラスを扱っていたことが明らかになった奈良県南郷遺跡群は、当時の複合生産コンビナートの姿を彷彿とさせる。

 一方、境界をこえた「もの」は、それをもつ人の意識=アイデンティティーを象徴するものでもあった。古墳から出土する渡来系の副葬品は、境界を越えた「もの」がこちらの世界で如何に機能するのか、いかなる役割を演じるのかについて、考えることのできる資料でもある。また、その一部は、その後の墓制に大きな影響を及ぼすことから、境界を越えたものが新たな動きを生む道程とみることもできる。(図録より抜粋・転載)


■アジアの境界を越えて■
日程:開催中(9月12日まで)
場所:国立歴史民俗博物館
(千葉県佐倉市城内町1117)
料金:一般830円、高大生450円
電話:043・486・0123