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2015/12/11

<韓国文化>韓流シネマの散歩道 第18回 戦争や内乱で家族離散の悲劇                                     二松学舎大学 田村 紀之 客員教授

  • 韓流シネマの散歩道 第18回 戦争や内乱で家族離散の悲劇

    「創氏改名」に奔走される人々の物語『族譜』

  • 二松学舎大学 田村 紀之 客員教授

    たむら・としゆき 1941年京都生まれ。一橋大学卒。東京都立大学経済学部教授、二松学舎大学教授などを経て現在は二松学舎大学客員教授。

◆国境と民族を超えた愛◆

 必ずしもタブーだったわけではないが、確立されたジャンルといえるほどには本数も多くなく、最近になってようやく注目されだしたテーマがいくつかある。国境あるいは民族を超えた愛のドラマは、そのひとつといってよいだろう。

 単一民族国家という「神話」にどっぷりと浸かった日本人にとって、国家と民族は同義であり、国境を画す海の向こうは異民族の棲む世界である。

 しかし韓国人が海を隔てた日本でなくさらにその先、あるいは陸のほうに目を移すと、南北分断という厳しい現実や、中国その他各地に散らばる同胞のことを考えざるを得ない。

 要するに、民族は国家の範囲を超えてディアスポラ(離散)しているのであり、現実問題としては、むしろこれが常態といってよい。

 厄介なことに、国境・民族を超えた愛憎劇を素材とした作品のなかには、国策に沿ったプロパガンダ映画が少なくなかった。李香蘭(山口淑子)が活躍した満映ものがその典型である。

 また、植民地における支配者と被支配者、あるいは戦争や内乱によって離散させられた男女の葛藤は、当時の記憶が生々しいところでは、大衆的な支持を得にくい。日韓関係についての詳しい事情は、他の機会に論じることにしよう。

 韓国映画のなかで玄界灘を跨いだ作品を探すとすれば、まず、梶山季之原作で林権澤監督の手になる『族譜』(1978年)を挙げざるを得ない。この映画については、巨匠・林権澤の名とともに、随所で紹介されている。韓国の氏姓制度に関して、原作者の理解には批判もあるが、いまはとくに拘らない。創氏改名事業の一翼を担わされた日本人官吏の青年と両班の娘との淡い恋心は、植民地政策上の「大事業」を前にしたとき、簡単に吹き飛ばされてしまう。

 都立大にいたころ、ゼミ学生たちにこの映画を見せたことがあった。彼らのほとんどは、「創氏改名」という言葉すら知らなかった。ただひとり韓国人留学生がポロポロと涙をこぼし、主人公が改名に応じる決意をして自殺する場面では、ついに嗚咽してしまった。周囲の日本人学生たちが彼のことを、複雑な表情で眺めていたのをいまでも覚えている。


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