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2010/02/26

<トピックス>自動車の失敗、デジタル家電の敗北                                                       同志社大学大学院 林 廣茂 教授

  • 同志社大学大学院 林 廣茂 教授

    はやし・ひろしげ 1940年韓国生まれ。同志社大学法学部卒。インディアナ大学経営大学院MBA(経営学修士)課程修了。法政大学大学院経営学博士課程満了。長年、外資系マーケティング・コンサルティング会社に従事。滋賀大学教授を経て、同志社大学大学院ビジネス研究科教授。日韓マーケティングフォーラム共同代表理事。著書に「日韓企業戦争」など多数。

 アメリカをはじめ、全世界でトヨタ自動車のリコール問題による激震が続いている。また、デジタル家電業界ではソニーやパナソニックがサムスンとLGの韓国勢の後塵を拝している。韓国企業は現地のマーケティングと意思決定を迅速に製品開発に反映させる戦略で、競争力を高めている。同志社大学大学院ビジネス研究科の林廣茂教授が「自動車の失敗、デジタル家電の敗北」と題し、日本企業の敗因と日本が韓国企業に見習うべき点を分析した。

 「やはりそうなってしまったか」。3年来私が抱いていた危惧が現実になった。一つは、アメリカが震源地となり全世界で現在進行中のトヨタ車の大規模なリコール(法律に沿った回収と無償修理)である。看板車種であるカローラやカムリなどで445万台に及ぶ。エコカーで世界最先端にあるハイブリッド車43万台のリコールも実施される。加えて、自主改修の対象車が535万台にもなる。3つが重なる台数を差し引いても合計700万台強の改修が必要で、これは2009年度トヨタの全世界販売台数にほぼ相当する。一方でトヨタの売上の急減とその穴を埋める現代・起亜やフォルクスワーゲン(VW)の急伸が続いている。

 もう一つは、デジタル家電の王様である薄型テレビの世界販売で、ソニーやパナソニックは昨年、サムスンとLGに一気に逆転されたばかりか、大きく水をあけられてしまった。収益性では日本勢9社が束になっても、サムスン電子1社(09年の営業利益1兆3600億円)の半分にも及ばない。家電王国の座を韓国勢に明け渡した日本勢は今年、一段と窮地に追い込まれるのか。

 先見性を誇るのではないが、07年秋に上梓した『日韓企業戦争』で私は要約すると次のように指摘した。

 「中堅メーカーの1年分に相当する販売台数を毎年増やしているトヨタの品質管理は大丈夫だろうか。国内で03年から06年まで連続して100万台から200万台超のリコールをした」「その理由として、急激な生産増で工場の労働者が疲労を蓄積している、そして多くの車種に部品が共通化されたために1つの部品の欠陥が大量のリコールにつながる」(163㌻)。

 この教訓が生かされなかった。トヨタは以来3年間も「怠惰の島」で眠っていたと言われても反論できまい。今回のリコールが、企業存続の命綱である米国で大規模に起きたことで、トヨタの危機管理のたがが緩んでいること、高品質・信頼・安心のアイコンだったトヨタ・ブランドが大きく傷ついたことを全世界に周知させてしまった。

 同著で「アメリカが民主党政権になったら、保護主義が強まり、日米自動車摩擦が再燃するかもしれない」(76㌻)とも指摘した。

 GMやクライスラーが法的整理に追い込まれている今、商品戦略やマーケティング戦略の失敗という両社の経営責任を差し置いて、アメリカ勢を苦境に追い込んだ日本勢のシンボル・トヨタへの非難・攻撃が一段と激しくなる可能性が高い。リコール問題が起きるまでは、「保護主義や日米自動車摩擦が再燃するきっかけは無かった」が、今年秋に中間選挙を控えているオバマ大統領政権や議会が、激しいトヨタ批判をしているマスコミとそれを支持する国民世論に押されて日米経済摩擦にシフトするかもしれない。

 トヨタは、世界のユーザーの不安を取り除くよう、企業の命運をかけてしっかりと回収・修理をするだろう。社会的責任として当然のことで、「品質、信頼、安心のトヨタ」を取り戻す唯一の道である。また日本政府は、トヨタを厳重に指導する一方で、「トヨタを守ることで日本の製造業を守る」という国家戦略に立ち、特にアメリカ政府に働きかけ、リコール問題が経済摩擦に発展しないよう万全を尽くして欲しい。韓国の李明博大統領が先頭に立ち、世界が注目した巨大な原子力発電所建設プロジェクトの獲得競争を勝ち抜いた姿を遠望しながら、国益を守り・拡大する使命感の強さに感じ入った。事態を静観している日本政府の責任者に何が欠けているのかは明らかだろう。

 電子家電はどうか。サプライ・チェーン(電子材料の手当てから完成品を消費者に届けるまでの経営活動)の川上の「電子材料や製造装置」で、韓国勢が日本依存を続けているが、川中のデバイス(パネルや半導体)と川下の完成品(薄型テレビや携帯電話)の商品力・価格競争力で、日本勢は韓国勢・台湾勢の後塵を拝している。

 パナソニックやシャープが採用している「技術を外に出さない・利益を確保するためデバイスと完成品を自社で内製する垂直統合モデルは磐石ではない」(230㌻)。両社は「デバイスや完成品のコスト競争力を高める巨額の連続投資で韓国勢や台湾勢に遅れた」(231~232㌻)。ソニーは、最大のライバルであるサムスン電子との合弁会社に、最重要デバイスである液晶パネルの供給を依存している。

 日韓台の技術格差はない。競争力の次元は、ビジネス・モデルの優劣、つまりサプライ・チェーンの各段階で、市場に最も近い場所で最適な顧客価値を造りこみ・利益を確保する競争に移っているのだ。世界市場を丹念にセグメントし、そのニーズを先取りして高級型~普及型、大型~小型、高価格~低価格などきめ細かな商品の組合せを提供する。ブランド・イメージを高める広告やイベントを連続展開する。現地のマーケティング意思決定をタイミングよくスピーディーに現地に任せる。日本勢はこれらの戦略で、ことごとく韓国勢に遅れた。私は、日本勢の多くの中堅幹部がこのことに危機意識を感じていると知っている。なぜ効果的な反撃戦略が実行できないのか。

 自動車とデジタル家電が、日韓両国の「産業の宝」であり、技術競争力の頂点を形成している。提供する商品の性能や品質での競争力が産業の命である。そして収益をしっかり上げることで国民の所得を持続してまかなう義務がある。だから、両国勢の世界市場での激突は避けられない、互いに負けられない。

 日本の宝が危機に瀕している。ビジネス・パーソンたち、向上心や闘争心を燃やして、世界一の「品質、信頼、安心」を再構築せよ。日本経済の屋台骨を建て直せ。