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2012/04/27

<トピックス>経済・経営コラム 第43回 財閥企業と中小企業の相互成長の方法①                                                       西安交通大学管理大学院 林 廣茂 客員教授

  • 西安交通大学管理大学院 林 廣茂 客員教授

    はやし・ひろしげ 1940年韓国生まれ。同志社大学法学部卒。インディアナ大学経営大学院MBA(経営学修士)課程修了。法政大学大学院経営学博士課程満了。長年、外資系マーケティング・コンサルティング会社に従事。滋賀大学、同志社大学大学院ビジネス研究科教授を経て中国・西安交通大学管理大学院客員教授。日韓マーケティングフォーラム共同代表理事。著書に「日韓企業戦争」など多数。

◆財閥企業の国際競争力守り、中小企業の底上げを◆

 韓国の財閥企業(大企業)が、政界の圧力とそれを支持する多くの国民の声に押し込められている。その理由はこうだ。

 「財閥企業は巨額の利益をあげているが、中小企業の業績は不振だし、大多数の国民の所得は伸びず借金の山が大きくなるばかりだ。この経済・所得のインバランスの原因は、財閥企業が利益を独占しているからだ」という批判が拡大している。

 政界では、総選挙や大統領選をにらんでポピュリズム的に、「財閥企業たたき」が票につながるといった思惑が働いていて、「強制的にでも利益を中小企業に回させるべきだ。なぜなら、雇用の大部分を支えている中小企業の利益が増えればその社員の所得も高まる」といった「強制的な財閥利益の還流」議論が高まっている。

 確かに元気な中小企業が増えれば多くの低所得の雇用者が中間層に昇れるだろう。しかしその議論は、どこかの国の共産党が長年主張している空理空論と相似形の話である。単なる利益還流で、強制的か自発的かを問わず、経済のインバランスが解消するとは思えない。

 自助努力とその能力がないところにいくらお金を回しても、拡大再生産=新しい付加価値創造につながらないからだ。直近のデータは、韓国経済のインバランスがますます拡大・悪化していることを裏付けているが、それは財閥企業が利益を独占しているせいだ、ということには必ずしもつながらない。私は第三者的に観察していて、むしろ、「財閥企業にお気の毒なことだ」と思っている。

 企業の(純)利益、GNI(国民総所得)、世帯所得の、年平均成長率データがある(韓国銀行)。75年から97年(IMF危機)までの(A期間)と2001年から10年までの(B期間)の期間比較である。それによると、韓国経済が「漢江の奇跡」の急成長で中進国のチャンピオンに昇龍したA期間は、企業利益、GNI、世帯所得の伸びは、共に年平均8%台で、経済のパイの拡大と企業利益や世帯所得の成長が連動していた。

 しかし、先進国への入り口を通りぬけた2000年代のB期間では、GNIと世帯所得の年平均成長率は2~3%台に留まっているのに、企業の利益成長は16・5%と大変高い。

 10年の単年では、世帯所得の伸びが2・5%で一段と低く(物価上昇率が3~4%だから実質マイナス成長)、企業利益の成長率は26・8%の高さを達成した。世帯所得の10倍超もの成長率である。企業所得の大部分を30大財閥のグループ企業が占めているので、企業利益は実質的に財閥企業の利益を代表している。

 一方で、国民の家計負債は11年末で総額912兆9000億ウォン(約68兆4700億円)に、06年から1・5倍膨らんだ。GDPの80%に相当する巨額である。世帯所得対比では150%超にもなっていて(デフレ経済下の日本では10年で110%)、返済不能者が急増中だという。

 大きな借金を抱えているため消費がままならず、そのため景気が低迷してさらに世帯所得の伸びが減少するという経済の悪循環に陥るリスクが大きくなった。

 そのため、「目下の経済政策の最優先事項は、経済成長よりも富の分配を公平にすることだ」とする意見が圧倒的に多い(韓国ギャロップなど)。しかし、「財閥企業が栄え、国民は借金を抱えている」のだから、政治が鞍馬天狗のように登場して、バッタバッタと強い財閥企業をくじき(強制的な利益還流)、弱い国民を助け、その所得の不平等を糺すべきという声は、つまるところ、「いささか短絡的で、角を矯めて、韓国経済の国際競争力を支えている財閥企業という牛を殺すこと」につながる、と懸念している。

 「財閥企業の利益伸長は悪なのか、国民所得の犠牲の上に成り立っているのか」を考えてみよう。

 韓国経済の貿易依存度はGDPの90%近く(日本は25%前後)、海外市場で稼いだ利益を国内に持ち帰り新事業開発や雇用を通して国民の所得を支えている。そして、大なり小なり全ての企業が貿易に直接・間接にかかわっている。

 サムスン、LG、現代自などがそれぞれの分野で韓国を代表し、海外市場で商品力・ブランド力やマーケティングなどで、技術革新・商品革新・経営革新を続けて国際競争力を高め、つまり世界の顧客を優位に満足させることで、利益を稼いでいるのだ。国内でも、世界標準かそれ以上の商品やサービスを提供して国民の満足を得た企業だけが、利益をあげ存続できている。

 その成果が、一人当たりGDP2万㌦超という先進国レベルに韓国経済を引き上げた。そして、その利益が連続革新への投資の原資になって今日に及んでいる。利益の増加なくして、競争力の強化はありえない。

 今日の財閥企業の競争力は、一朝一夕に実現されたのではない。97年に始まったIMF危機や08年のリーマンショックを韓国が乗り切り、中進国から先進国に登ったのは、30大財閥といわれる少数精鋭の企業が、国家や国民の支援・支持(韓国社会の公共資本である人材、技術、資金、情報を電気・電子・自動車などの重点分野へ選択・集中投下、そして減税処置や補助金、FTA網の整備など)を得て国際競争力を高め、世界中で競争を勝ち抜いてきたからであろう。

 だから、韓国経済の成長や競争力の強化=財閥企業の国際競争力強化、という成功の方程式をいま動かしてはならない。そのうえで、中小企業の力を高め、その社員の所得を増やす新しい経済の仕組みを創りださねばならない。

 財閥企業にペナルティを与えるのではなくその協力を引出し、社会福祉的な一律の弱者救済ではなく、革新に向けた経済合理的な企業努力を選択・集中して手助け・奨励して、中小企業の競争力を底上げすることである。次号で具体的な提案を考える。