ここから本文です

2014/02/07

<トピックス>経済・経営コラム 第64回 韓国のタイガー経営                                                     西安交通大学管理大学院 林 廣茂 客員教授

  • 西安交通大学管理大学院 林 廣茂 客員教授

    はやし・ひろしげ 1940年韓国生まれ。同志社大学法学部卒。インディアナ大学経営大学院MBA(経営学修士)課程修了。法政大学大学院経営学博士課程満了。長年、外資系マーケティング・コンサルティング会社に従事。滋賀大学、同志社大学大学院ビジネス研究科教授を経て中国・西安交通大学管理大学院客員教授。日韓マーケティングフォーラム共同代表理事。著書に「日韓企業戦争」など多数。

◆競争戦略、リーダーシップの勝利◆

 韓国企業の経営を、狙った獲物に襲いかかり打ち倒すまで決して止めない獰猛な虎の行動になぞらえた著書『タイガー経営(原題:Tiger Management)』の日本語版の翻訳代表を務めた。

 昨夏から約7カ月かけて間もなく翻訳が完了する。本書は、韓国式経営を初めて歴史的・体系的に研究した成果で、8年に及ぶ丹念な文献研究と企業へのインタビュー、そして著者による偏らない分析や解釈がしっかりとベースにあって説得力がある。ジャーナリストや評論家によるスポット的な韓国の企業論や経営者論とははっきりと一線を画している。

 著者、マーティン・ヘンマートは、韓国・高麗大学経営大学院教授でグローバル経営を講じている。母国語のドイツ語の他に、英語、日本語、韓国語に堪能で、日韓両国の文化への造詣も深い。

 タイガー経営を3部構成で論述している。第1部で、タイガー経営の戦後から今日までの、生成・発展・危機・復活・飛躍の全プロセスをドラマチックに検証する。第2部では、タイガー経営の成功と強さを、その機能面(経営戦略、リーダーシップ、人的資源管理)から解き明かす。最後に、タイガー経営の現在とその課題を提示し、未来展望をし、そして日本や欧米の企業が学べるレッスンは何かを提案する。

 タイガー経営の本質は、韓国企業が競争戦略・リーダーシップ・人的資源管理の3大経営機能を計画・実践する際に、「長期展望、果敢で不屈の経営計画、スピード、柔軟性、強力なリーダーシップ、強いチームワーク、人的能力開発への多大の投資」を統合して実行することだ、と結論づけている。

世界中で日々サムスン電子や現代自動車と激しく競争している日本のビジネス・ピープルだけでなく、韓国企業の研究者にとっても興味深く示唆に富む一書だと思う。

 以下、私見によるタイガー経営の課題と日本企業へのレッスンの2点について述べたい。

 韓国企業が抱える国内の大きな課題がある。その深刻さは、韓国社会の健全性を揺るがし、今後の経済成長への危惧を掻き立てているほどである。

 サムスンや現代自動車に代表される韓国の10大財閥グループの売上規模が、GDP(約100兆円)の7割超に相当し、営業利益は全上場企業の8割超を占めている。富が極端に大財閥に集中・偏在しているのだ。

 しかし、大多数の国民は中小零細企業の従業員で、労働生産性は国際比較で大変低い。当然所得水準も低い。

タイガー経営の強みは大財閥グループには当てはまるが、中小零細企業がほとんどの韓国企業全体には共有されていない、といえるだろう。

 そのため、社会の安定層である中間所得世帯の割合が、1990年から2010年の20年間で、74・5%から67・3%に減り、低所得層と高所得層が増え、所得の二極分化が一段と進んだ。

 大財閥グループに偏在した富を、国民全体にどのように公正に再配分するか、企業と政府にとって、安定した公正な社会を実現するうえで一刻も早く解決が求められている重たい課題である。

 もう一つは、世界のトップに立った企業が抱えているグローバルな課題である。タイガー経営は、追いつき追い越すべき先発者を追随するのには有効だが、革新的パイオニア戦略には不向きだといえないか。

 サムスン電子について最近、欧米のマスコミが、「サムスンは、素早い追随者から市場のリーダーに変わらなければいけない。サムスンにはかつてソニーやアップルなど追う相手がいた。しかし、トップに登り詰めた今、どこに向かうのか自分で決めなければいけない」。サムスンは、二番手戦略(応用と改良)で世界中で勝ち抜いてきたが、今後は「コピーキャット」の競争戦略ではなく、「ファースト・アンド・ベスト」の新しい顧客価値を創造して世界に提案しなければいけない。今日の稼ぎ頭であるスマホ(これもアップルの二番手である)がコモディティー化(画一化)しつつある中、明日の成長を牽引するビジネスがまだ見えないのが現実だ。

 現代自動車も、小型量販車で新興市場では日本勢を追い抜いているけれど、高級車や今後の環境対応車であるハイブリッド車、電気自動車、燃料電池車では、日本勢の採用と模倣という進化の第一段階に留まっている。

 日本経済の1950年代から1980年代までの高度成長を牽引した日本企業の多くが、欧米企業に学んで採用・模倣→応用・改良→習熟・革新の進化を繰り返し、世界の頂点に立つ企業に成長した。

 日本企業は、まさに「長期展望、果敢で不屈の経営計画、スピード、柔軟性、強力なリーダーシップ、強いチームワーク、人的能力開発への多大の投資」で、決して諦めることなくひたむきに最後までやり抜いた。それが、日本式経営の美徳・強みで、いわば韓国式経営の先輩だった。

 しかし、日本式経営のその美徳は、世界のトップに立った途端に緩み、欧米企業に学ぶことは何もないとうそぶき、韓国企業を侮るといった慢心に陥った。

 一方、特に新興市場では、高い位置からの目線の過剰品質で値段が高い日本製品が敬遠され、消費者は、自分たちの目線で現地開発・現地生産される韓国の自動車やデジタル家電を大変好んでいる。これが新興市場での日韓逆転の真の理由だ。日本企業も遅れて新興国市場対応を急ぎ始めたが、すでに確立した韓国企業のブランドへのロイヤルティーを覆すのはなかなか難しい。

 日韓再逆転に向かって、日本企業が先行している韓国企業を追いあげるには、かつてのひたむきさを取り戻し、世界に向けて新しい顧客価値創造を行い、韓国企業の何倍ものマーケティング投資とマーケティング実践が必要である。