ここから本文です

2015/12/11

<トピックス>切手に見るソウルと韓国 第62回 河回の仮面劇                                                         郵便学者 内藤 陽介 氏

  • 郵便学者 内藤 陽介 氏

    ないとう・ようすけ 1967年東京都生まれ。東京大学文学部卒業。日本文芸家協会会員、フジインターナショナルミント株式会社・顧問。切手等の郵便資料から国家や地域のあり方を読み解く「郵便学」を研究。

  • 切手に見るソウルと韓国 第62回 河回の仮面劇

    67年3月15日に発行された河回の仮面(両班)を取り上げた民族シリーズ第1集の切手

◆朝鮮王朝時代に風刺劇として発展、植民地下に途絶、77年復元◆

 先月14日、ソウル中心部で行われた政府の労働市場改革や歴史教科書の国定化に反対するデモで、覆面をした一部のデモ参加者が警官隊と衝突して数十人が負傷したことを受けて、朴槿惠大統領が「覆面デモはできないようにすべきだ。IS(イスラム国)もそういったことをしている」と24日の閣議で発言し、物議を醸している。

 今月5日には、労働組合が主導し、参加者の大半が仮面をつけて「覆面禁止」への反対の意思表示をするデモが行われ、警察発表で1万4000人が参加した。

 このように、韓国のメディアを賑わしている〝覆面デモ〟だが、インターネットに掲載された報道紙面を見ると、覆面デモの〝覆面〟は漢語をそのまま訳した「ボクミョン」の語が使われていて、ときどき、記事の文中で仮面の漢語をそのまま訳した「カミョン」の語が使われているといった感じだろうか。

 もっとも、韓国の仮面・覆面というと、私などは、伝統的な仮面劇(タルチュム、タルノリ)に使われる固有語の「タル」を連想する。宗教的・呪術的な意味を込め仮面をつけて舞を舞うということは、洋の東西を問わず、古代社会で自然発生的に行われてきたことだが、朝鮮半島では新石器時代の貝面や土面が出土しており、三国時代以降は大陸の影響を受けて発達したとされている。

 『日本書紀』にも、612年に百済出身の味摩之が、中国南部の呉の国で学んだ伎楽(面をかぶって舞う舞踏劇で、獅子舞の原型ともいわれる)を日本に伝えたとの記述がある。韓国の伝統芸能として最も有名な仮面劇といえば、なんといっても、河回(慶尚北道安東市)の仮面劇であろう。

 伝承によれば、高麗時代の中期、河回に移住してきた若者、許道令は神の命を受けて誰にも見られずに仮面を作ることになったが、彼に思いを寄せた女性が命令に背いて面打ちの作業場を覗いたため、許は絶命してしまった。その後、彼の霊を慰めるため、仮面劇が行われるようになったとされている。朝鮮王朝時代、河回の仮面劇は、神を楽しませ、五穀豊穣と厄除けを願うための演劇として、年に2回(陰暦1月15日と陰暦4月8日)に行われていた。

 河回の仮面劇は、そもそも、神(実際には村人)を楽しませることが目的であるから、素朴な踊りと衣装を使いながらもユーモラスな内容となっており、①チュジ(悪霊を追い払う獅子)の物語、② 白丁(食肉加工などに従事していた最下層の被差別民)の物語、③ハルミ(老婆)の物語、④破戒僧の物語、⑤両班とソンビ(学者)の物語の5幕で構成されるが、劇全体としては、上流階級に対する喜劇的な風刺と批判が中心になっている。


つづきは本紙へ