ここから本文です

2017/03/17

<トピックス>明治期外交官・若松兎三郎と韓国:共生のための苦悩 第34回                                   大東文化大学 永野 慎一郎 名誉教授

◆長男誕生、東大卒後、朝鮮殖産銀行へ 戦後は大阪で、事業家として活躍◆

 若松家に五番目にやっと男の子が誕生した。待ちに待った男の子が生まれたのだ。最も喜んだのは妻里うであった。男の子が生まれない限り、妻としての責任を果たせないと思うのが当時の社会的な風潮であった。若松家の跡取りができたので安心した。長男の誕生に兎三郎は幸せを感じた。

 咸鏡南道元山で生まれた長男の逸は、幼少時は平壌と釜山で育った。京城中学校を卒業すると、熊本の旧制第五高校を経て、東京大学経済学部に進学した。卒業と共に朝鮮殖産銀行に入り、特殊金融部長の時に終戦となり、引き揚げた。


つづきは本紙へ


バックナンバー

<トピックス>