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2018/03/02

<トピックス>私の日韓経済比較論 第77回 五輪後の韓国景気                                                  大東文化大学 高安 雄一 教授

  • 大東文化大学 高安 雄一 教授

    たかやす・ゆういち 1966年広島県生まれ。大東文化大学経済学部社会経済学科教授。90年一橋大学商学部卒、同年経済企画庁入庁、00年在大韓民国日本国大使館二等書記官、00~02年同一等書記官。内閣府男女共同参画局などを経て、07~10年筑波大学システム情報工学研究科准教授。

◆米中の景気動向、半導体価格が主要因に◆

 平昌オリンピックが2月25日に閉会したが、これをきっかけに韓国の景気が悪化するという説がある。確かにオリンピックを開催するためには競技場の新設や拡張などの建設工事が必要である。また交通インフラの整備などにより土木工事も増加する。これらは需要項目のひとつである建設投資に含まれるため総需要を押し上げる効果がある。またオリンピックに関連した個人消費増も期待できるし、オリンピック期間中は外国人観光客が増加しインバウンド消費も見込まれる。

 建設投資については施設工事やインフラ整備が終了してしまえば、需要の押し上げ効果は剥落する。また、オリンピック観戦のためにテレビを買い替えるなどの動きがあれば、これは需要の先食いに過ぎず、需要の反動減が起こる可能性がある。しかし平昌オリンピックの影響については開催前のプラスの効果も限定的であり、よって開催後のマイナス効果も限定的であると考えられる。つまり、平昌オリンピックの閉会をきっかけとした景気後退は起こらない。

 新聞報道によればオリンピック開催決定後にオリンピックのためになされた投資は総額で11兆㌆を超えるが、これはGDPの1%に大きく満たない数値である。ましてやこれは複数年にわたって投資されているので、GDPの押し上げ効果は小さかったといわざるを得ない。さらに消費拡大はこれをさらに下回る。よってこれらの効果が剥落するからといって景気を後退させるインパクトがあるとは到底思えない。

 1988年にソウルオリンピックが開催されたが、その年の1月に、1985年9月から続いた景気拡大が終わりを告げた。この事実だけに着目すれば、オリンピック開催直前にインフラ投資による景気拡大効果が剥落し、景気が失速したとも見える。しかし当時の経済を取り巻く環境変化を見れば、この因果関係はまったく的外れである。1985年9月からの景気の好調はウォン安が進んだことにより輸出が拡大したことによるところが大きい。当時の韓国は技術力がまだ脆弱であり、価格競争力が輸出の原動力であった。しかしながら1987年中盤から為替レートの潮目が変わりウォン高が進むようになった。さらに悪いことに1987年の民主化宣言以降、労働組合の活動が活発になり賃金が高騰するようになった。ウォン高と賃金高のダブルパンチで韓国の輸出競争力は一気に低下し、輸出不振により1988年1月から韓国は景気後退期に入った。景気失速のタイミングはソウルオリンピックの直前であったが、これは偶然であり、ソウルオリンピックが開催されていなくても、1985年9月には景気拡大が始まり、1988年1月に景気後退が始まったという歴史には変化はなかったであろう。

 1988年には輸出に占めるGDPの割合は


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